東京地方裁判所 平成4年(ワ)1925号 判決 1992年10月01日
原告 株式会社八大コーポレーション
右代表者代表取締役 川口勝弘
右訴訟代理人弁護士 松崎勝一
被告 東京都国民健康保険団体連合会
右代表者理事長 志賀美喜哉
右訴訟代理人弁護士 満園武尚
同 満園勝美
同 塚田裕二
被告補助参加人 医療法人財団小林記念会
右代表者理事長 紺野邦夫
右訴訟代理人弁護士 大津卓滋
同 和久田修
同 上本忠雄
同 佐竹俊之
同 秀嶋ゆかり
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用、補助参加によって生じた費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一、請求
被告は、原告に対し、金一億八八二四万六八四三円及び内金九四〇二万四六九一円について平成四年一月一日から内金九四二二万二一五二円について同年二月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二、事案の概要
一、争いのない事実
1. 補助参加人は、国民健康保険等による医療行為を行っており、被告に対して別表記載の診療報酬等債権(以下「本件診療債権」という。)を有している。
2. 本件診療債権は、平成三年一月二五日付けで補助参加人から原告へ債権譲渡(以下「債権譲渡」という。)する旨、同月二八日被告へ通知された。
3. 被告は、平成三年一〇月診療分から平成四年九月診療分までの国民健康保険法、老人保険法に基づく診療報酬、公費負担医療費、利子補給金、事務取扱手数料、介助手数料の全額を補助参加人に仮に支払えとの東京地方裁判所平成三年一二月二四日仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)の送達を同日受けた。
被告は、同決定の趣旨に従い本件診療債権の金員を補助参加人に支払った。
二、争点
本件の争点は、被告の補助参加人に対する本件診療債権の支払が有効かである。
(原告の主張)
本件仮処分決定は、原告を名宛人としたものではなく、原告の債権の効力に影響を与えるものではない。原告は、被告に供託するように助言したのに、被告は、仮処分執行を待たずに補助参加人に任意に支払ったものであり、免責されることはない。
(被告の主張)
1. 仮の地位を定める仮処分の対世効により本件仮処分決定が被告に対して新たに債権の帰属先を創設したものである。その意味で被告の補助参加人に対する支払は権利者に対する弁済である。
2. 被告の補助参加人に対する支払は民法四七八条により免責される。
(補助参加人の主張)
1. 補助参加人の本件診療債権の原告への譲渡は、補助参加人の寄付行為上必要な理事会決議を経ていないから、右譲渡は無効であり、原告は本件診療債権を取得していないものである。
2. 原告の主張する債権譲渡が行われたときの原告の代表者と補助参加人の代表者は、川口勝弘であり同一人物であるから利益相反行為となり無効である。
第三、争点に対する判断
一、本件仮処分決定と原告との関係
本件仮処分決定は、原告を名宛人とするものではなく、原告を拘束するものではない。その意味では、本件仮処分決定に従ったということだけで、補助参加人への支払を原告に対抗することはできない。この点では原告の主張は理由がある。
二、原告が無権利であるか
補助参加人は、本件債権譲渡は無効であり、原告が無権利者であると主張している。
本件診療債権がどちらに帰属するかについては、本来、原告と補助参加人との間の訴訟で最終的に審理判断されるべきであるし、本件は原告には効力の及ばない仮処分決定が被告に対して発令されたもとでの弁済という特殊の状況下での事例でもあるので、債権譲渡の効力という実体的な権利の有無を判断する前に、まず弁済が有効であるかについて検討することとする。
三、弁済が有効であるか
仮処分決定を受けた被告は、補助参加人が実体的な権利を持っているかどうかは別として、仮に本件診療債権の支払を命ぜられるのであり、たとえ原告が正当な権利者であっても執行を拒むことはできない立場にある。被告が執行を受けた場合を想定すると、原告が真実正当な権利者であったとしても再度原告に支払を命ずるのは酷であり、この場合の被告の補助参加人に対する支払は、民法四七八条により債権の準占有者に対する弁済として有効であると認めなければならない。
問題となるのは、本件は、仮処分決定の執行を受けたのではなく、仮処分決定に任意に従って、補助参加人に弁済したという事例であり、執行された場合とは直ちに同一視できないことである。思うに、仮処分に特別の効力が認められるのは、裁判所の審理判断を受けて発令されたというところにあるから、発令を受けた者が裁判所の判断を尊重し、任意に従うということは一般論としては望ましいことである。また、現実問題として、仮処分債務者は仮処分決定に従わなければ執行される立場にあるのであるから、仮に仮処分が不当であると考えた場合でも無用の執行、混乱を避けるために任意に履行する方法を決断することが不当であるともいえない。したがって、被告が補助参加人が無権利者であることを知りながら、原告の権利を害する目的の下に通謀して、仮処分手続を悪用したというような特段の事情がない限り、被告に善意無過失が推定されるというべきである。本件においては、前記推定を破るような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
四、以上によれば、被告の補助参加人に対する本件診療債権の支払は、本件仮処分決定に従ったということで、実体的な権利の有無にかかわりなく、少なくとも債権の準占有者に対する弁済として有効であるといわなければならない。よって、原告の請求は理由がない。
(裁判官 草野芳郎)
<以下省略>